2004年度理系美人コンテスト
ミス矢上に選ばれました寺川奈津美さんにお話を伺いました。

初代ミス矢上

寺川 奈津美
さん

インタビュアー
石川裕彬

 

こんにちは。今応用化学科の4年生ということなのですが、研究はどんなことやっていますか?
応化の研究室って大きく分けると無機、有機に分けられると思うですが、うちの平島研は無機で Drug delivery system の研究をやっています。薬が患部で効くようなコーティングの材料を開発しているところです。



サークルとかはどんなことやってるんですか?
高校までずっと陸上やっていて、大学では他のことやろうと思い、2年からバスケのサークルに入りました。
初心者で2年から入って、いろんな人に教えてもらい、練習していました。スタメンになれなくて悔しい思いをすることもあります。残りわずかな期間ですがチームに貢献できるよう頑張りたいと思います。バスケが好きなので、土曜日に練習があるので社会人になってからも練習に行こうと思っています。



バスケ一番頑張っていたんですね。
はい。でも理工学部の授業についていくのも必死です(笑)特に有機化学が苦手で、今年の春は一生懸命がんばりましたよ。

今回この理系美人コンテストに出ることとなったきっかけは?
研究室の友達が矢上祭にメールおくって、それで・・・。


推薦者の中村さん:サークルの後輩が日吉で「理系美人の候補者募集みたいなのやってますよ。」っていうのを聞いて、なっち(寺川奈津美さん)だすしかないと思って矢上祭のホームページをみて矢上祭にメールをおくりました。


 

応募してからの気持ちとかは?
正直、最初、矢上祭の規模は小さいのだろうと楽観的に考えていました。
でも夏に、実行委員の人からウエディングドレスの話聞いて、思っていたより大掛かりなのかもしれないと思い、ちょっと怖気づきました。それで辞めたいなぁとも思ったのですが、今辞めたら実行委員の人も困るし、迷惑をかけるなと。
写真がホームページで公開された頃、恥ずかしさは絶頂でした。(笑)
びっくりしたのは、もう卒業した先輩達からも「頑張って」というメールがきたことです。思っていたよりも多くの人が知っていて、しかも何故かこんな私をみんな応援してくれました。私は「ミス」なんて呼ばれるキャラではないので、周りの友達は、爆笑したり、「ミステイクコンテストならいける!」「お笑い系でいきなよ」等ひやかされていたんです。それで最後は「こうなったら楽しんでやろう!」と思うようになりました。




実際にミスに選ばれてどうでしたか?
うれしかったです。というかミスになれたっていうことよりも、いろんな人に助けられて支えられて、なんかそういうのでいっぱいになっちゃって、泣いちゃいました。



振り返ってみてどうですか?
「お前がミスコンなんて出るの?」と思われてもおかしくないのに、たくさんの人が応援してくれて、嬉しかったです。「ミス」なんてたいそうな名前をもらえたのは、ほんとに周りの人のおかげです。さらに推薦してくれた中村君がマネージャーみたいで(笑)他の人より有利だったのかなと。



それでは最後に初代ミス矢上になったお気持ちを!
矢上万歳!



ありがとうございました。


通りすがりの石川裕彬さんにインタビュアーを務めていただきました。
文責:後藤潤一郎

慶應義塾大学矢上祭実行委員会